がんとテロメア(3)不老化細胞について(後編)

前回、死を迎えず無限に増殖する不老化細胞があるというお話をしました。

この不老化細胞は研究室でも人工的に作られています。SV40という実験用のがんウイルスを
真皮のもととなる繊維芽細胞に感染させると大型T抗原と呼ばれるウイルス由来タンパクが
産生され、pRBとp53というがん抑制遺伝子の働きが抑えられます。

これによって、繊維芽細胞のDNAは傷つき、テロメアが機能しなくなります。
実際、SV40ウイルスに感染している細胞とそうでない細胞を同時に培養して比べると、
感染している細胞のほうが分裂寿命が延長していました。

ただし、感染した細胞の培養を続けていくとほとんどの細胞がやがて死滅します。
これをクライシスといいます。
しかしながら、このクライシスを起こした細胞集団をさらに継続して観察すると、
あらたな増殖細胞があらわれます。それを培養し続けると細胞死やクライシスを起こさずに、
ずっと増殖するのです。

このことから、がんウイルスの感染によって、正常細胞からも不老化細胞をつくり出せる
ということがおわかりいただけるでしょう。

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がんとテロメア(2)不老化細胞について(前編)

前回、染色体を保護する役割を持つテロメアは細胞分裂のたびに短くなり、
細胞老化していくことをお話ししました。

ところが、細胞の中には無限に分裂増殖できるものがあります。
これを「不老化細胞」といいます。
その一つが、卵子、卵細胞、精子、精細胞などのもととなる生殖細胞です。
生殖細胞は無限分裂することで、親から子へ、子から孫へと無限に増殖することができます。

もう一つ、不老化細胞としてあげられるのが、がんウイルスに感染した細胞です。
代表的なものは子宮頸がん患者の腫瘍病変から採取されたHeLa細胞という細胞株です。

細胞株というのは、人為的に生体外で培養され、長期間体外で維持されることで、
一定の安定した性質を持つようになった細胞のことを言います。

HeLa細胞は患者本人がなくなってから60年以上たった今でも、多くの研究所で培養され、
試験や研究に幅広く用いられています。

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がんとテロメア(1)

私たちの体に寿命があるように、細胞にも寿命があります。
細胞は分裂を繰り返して増殖していますが、その回数には制限があるのです。
肌(真皮)を構成する繊維芽細胞の場合、分裂は50回程度で止まってしまうことが
研究でわかっています。

このような細胞分裂の限界のことを、「細胞老化」といい、細胞の分裂回数を
「分裂寿命」といいます。

この細胞老化に深いかかわりがあるのが「テロメア」です。
テロメアとは染色体の末端にあり、染色体を保護する役割を持つものです。

細胞は分裂する際、DNAの複製を行いますが、染色体の末端にあるテロメアは複製しません。
そのため、細胞分裂を繰り返すたびにテロメアは短くなります。
テロメアが短くなりすぎて、染色体が保護できなくなったときに、細胞は死んでしまうと
考えらえています。

最近の研究では、長寿の人ほどこのテロメアが長いことがわかってきており、
別名「命のロウソク」とも言われています。

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がんの自然死(アポトーシス)について(12)ウイルスなどほかのアポトーシス抑制因子

今までお話ししてきたアポトーシス阻害タンパクやがん抑制遺伝子の異常・欠乏以外にも、
アポトーシスを妨げる要素はあります。

その一つがウイルスです。子宮頸がんを起こすヒトパピローマウイルス(HPV)やカポジ肉腫を
起こすヘルペスウイルスなど発がんウイルスにも、アポトーシスを抑える働きがあることが
研究で示唆されています。

また、転移性メラノーマはアポトーシスを起こしにくく、化学療法がなかなか効かないことが
知られています。これはアポトーシスと関わる遺伝子が異常をきたしているからと
考えられています。
実際、試験管レベルでは、がん細胞に正常化した遺伝子を導入すると、アポトーシスが
うまくいくというテスト結果が示されました。

このように、アポトーシスの抑制がいかにがんの発症に関与し、化学療法など治療の妨げに
なっているかをお分かりいただけたでしょう。しかも、アポトーシスの抑制メカニズムは
実に多様です。

効果的ながん治療のためには、個々のがん細胞のアポトーシス抑制メカニズムを理解し、
これらをターゲットにした治療法の開発・実用化が今後治療成功のカギとなってくるでしょう。

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がんの自然死(アポトーシス)について(11)がん抑制遺伝子p53とアポトーシスの関係(後編)

前回、がん抑制遺伝子p53をターゲットとした治療法の研究・開発が行われてると
お話ししました。

一つはp53が欠損したがん細胞に対して、アデノウイルスベクター(風邪や肺炎などを
引き起こすアデノウイルスの病原性遺伝子を取り除き、外来の目的遺伝子を組み込んだもの)
を使って、p53を遺伝子導入する方法です。

しかしながら、変異・異常をきたしたp53遺伝子(変異型p53)が存在する場合、
上の方法のように正常なp53を導入しても、機能回復は期待できません。

そこで、変異したp53を正常化する方法が模索されています。
ある種の化合物には、変異型p53の機能を回復させる効果が期待できます。
実際に、マウス試験では効果があり、治療に役立つ可能性が示されました。

また、p53が変異・欠乏したがん細胞に対しては、「E1b55kというタンパク質が欠損した
アデノウイルスONYX-015」を利用する治療法も考案されています。

このONYX-015というウイルスは正常なp53の細胞には何ら影響を与えません。
ところが、p53が変異・欠乏した細胞の中では増殖し、最終的にはがん細胞を溶解するという
特徴があります。頭頸部がんの臨床試験では、抗がん剤との併用で有効性が示されました。
ただ、このウイルスの抗がん作用はp53と関係ないという報告もあり、作用機序はまだ
はっきりとはわかっていません。

p53のほか、PTENというがん抑制遺伝子も、変異・欠乏するとアポトーシスが抑制されます。
実際、グリオブラストーマ(神経膠芽腫)、子宮内膜がん、前立腺がんなどでPTENの
変異・欠乏が多く確認されています。

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がんの自然死(アポトーシス)について(10)がん抑制遺伝子p53とアポトーシスの関係(前編)

がんのアポトーシスを語るうえで重要なものの一つに、がん抑制遺伝子があります。
もっとも代表的ながん抑制遺伝子の一つが「p53」です。

p53遺伝子はDNA修復や細胞増殖停止、アポトーシスなどの細胞増殖サイクルを
コントロールする機能を持ち、細胞ががん化した時にアポトーシスを起こさせる
役割を持つ遺伝子です。
このことから、p53遺伝子の異常ががん発症の一因とみられています。
実際、50%以上のがんでp53の変異や欠乏があるのです。

すなわち、がん化した細胞のp53の機能を回復させることができれば、
治療がうまくいく可能性があるといえます。

そこで、この点をターゲットにした治療法の研究・開発が行われています。

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がんの自然死(アポトーシス)について(9)アポトーシス制御因子・FLIPとがんの関係

アポトーシス阻害タンパク質には、FLIPというものがあります。
このタンパクはカスパーゼの1種(カスパーゼ8)とよく似た構造をしていますが、
カスパーゼ活性はありません。

FLIPはカスパーゼ8とよく似ているため、「アポトーシスを起こしなさい」という
細胞死受容体の指令に応答して活動をはじめるのですが、実はカスパーゼ活性を
持たないため、細胞死シグナルを遮断し、アポトーシスを阻害すると考えらえています。

実際、FLIP遺伝子を破壊したマウスではアポトーシスの亢進が見られました。

FLIPはメラノーマなどのがんで多くみられることから、この点に着目した抗がん剤の
開発が期待されています。

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がんの自然死(アポトーシス)について(8)アポトーシスの抑制原因・BCL2ファミリーと今後のがん治療の可能性(後編)

前回、アポトーシスを阻害するBCL2やBCL-XLなどのBCL2サブファミリーは、
がんの原因や抗がん剤治療の妨げになることをお話ししました。

この点に着目し、BCL2サブファミリーの過剰発現を阻害してがん細胞をアポトーシスに
導くタイプの抗がん剤の研究・開発が進んでいる
のです。

すでに、BCL2の過剰発現を防ぐ抗がん剤候補化合物として、ABT-737、SAHBsなどが
生まれています。

ABT-737は単独使用で、リンパ腫、非小細胞肺がん細胞のアポトーシスを誘導します。
さらに、ほかの抗がん剤の作用を増幅させることもわかっています。また、マウス実験では
非小細胞肺がんの縮小が確認されました。

一方、SAHBsは試験管実験、動物実験で白血病細胞に対して抗がん効果があることが
確かめられています。

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がんの自然死(アポトーシス)について(7)アポトーシスの抑制原因・BCL2ファミリーと今後のがん治療の可能性(前編)

前回、前々回にアポトーシスを抑制する因子にIAPファミリータンパク質がある
というお話をしました。
アポトーシスを抑制する因子として、ほかに「BCL2ファミリー」というタンパク質があります。

BCL2ファミリーはさらに、
アポトーシスを妨げるBCL2サブファミリー(BCL2、BCL-XLなど)と、
アポトーシスを促進するBAXサブファミリー・BH3サブファミリーの3つの群に
分けることができます。
この3つがバランスをとりながら働くことで、アポトーシスをコントロールしていると
考えられています。

このバランスが崩れ、BCL2サブファミリーに属するBCL2、BCL-XLなど
アポトーシスを阻害するタンパク質が過剰に増えてしまうと、厄介なことに
細胞ががん化する大きな要因になってしまうのです。

BCL2はリンパ腫や小細胞肺がん、大腸がんなどさまざまながんで異常増殖していることが
わかっています。
また、BCL-XLは肺がん、肝がん、食道がんなどのがんで多くみられます。
しかも、BCL-XLの発現量が多いほど、抗がん剤への耐性を示すことも報告されています。

つまり、BCL-XL過剰発現はがんを招くだけでなく、化学療法など治療の妨げにも
なっている
のです。

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がんの自然死(アポトーシス)について(6)アポトーシスの抑制原因・IAPファミリーと今後のがん治療の可能性(後編)

前回、アポトーシスの抑制に、IAPファミリーというカスパーゼ活性阻害タンパク質が
関与していること、そしてがん細胞ではこのIAPファミリーが過剰発現していることを
ご説明しました。

この点に着目したがん治療薬が生まれつつあります。
その一つが、IAPファミリーの一つ、XIAPに関係する薬です。
XIAPは数種類のカスパーゼ(カスパーゼ3、9)を強力に阻害します。
そこで、XIAPのカスパーゼ阻害活性を抑える「XIAP阻害剤」が開発されています。

この薬には抗がん剤などのアポトーシス作用を増強したり、
がん細胞のアポトーシスを誘導する作用が期待できます。
マウス実験では、腫瘍内部でのカスパーゼ活性化と増殖阻害が確認されています。

子宮頸がんや食道がん、肺がんなどではIAPファミリーのcIAP1が多くみられます。
そこで、このcIAP1を標的にしたIAP拮抗薬の開発が進んでいます。

そして、IAPファミリーをターゲットにする免疫療法も登場しています。
IAPファミリーの一種・Survivin(サバイビン)もやはり、
正常細胞よりもがん細胞で多くみられるという特徴があります。
しかも、がん患者にはこのSurvivinを認識するキラーT細胞があることがわかってきました。
そこで、Survivinをターゲットにするペプチドワクチン療法が生まれ、
これからの治療として注目を集めています。

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